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天野将吾ブログ…天野通信〜ジラフの章

前期の合格発表だったな

大阪府公立前期入試。今日が合格発表でした。生野の文理科についても、合格した中三生は本当におめでとうございます。私以外の67期も、生野の一先輩として心から感激/歓迎していることと思います。

…僕が一年前、生野の文理に合格したのは、マグレだったんじゃないか? 入試本番は、数学はもちろん全科振るわず、そもそも内申(通知表の相対評価)も低めとの自負…。後期また生野を受けようと、そっちの赤本を頑張って取り組んでいました。

恥ずかしい話をしますが、僕は中三の四月当初、天王寺高校を狙っていました。確かに、学力が取るに足らなかったのもありますが、天高を諦めたのは、他にも理由があったんじゃないか?

なぜ自分の進路を生野に決めたのか?

僕の場合、一度生野の見学会に行ったときに、まず、食堂のメシが凄い旨かった(笑)。その後の本題、さらに体験授業で、生野とは、こんなにも面白く(趣深く)て自分のツボにハマるんだと感じた。

生野で高校生活を送るのは本当にやり甲斐ありそうだ。勉強面でも、ある大学へ行くことについて、自分のやる気があれば、どこの高校でも道は開ける…と、中学で誰か先生が言ってた。じゃあ、生野を受けよう。あとは、普通科でも良かったんですが、後期の間にも楽をしようとして前期に向かって精一杯やった所存です。

その結果、高校は中学よりも楽しい、退屈でないと思っています。高校に入ってから、中学生時とはまた違う感触の思い出が発生しています。性格なども若干変わっています。今回生野を受けて合格した人(今日は前期なので、後期をこれから受けて合格する人も)、…生野でなくてもいいし、今年受験生だった人にも限らない……は、これから高校生活の上で、ここで書いたような感覚が起こるはずです。
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死んだかもしれない【英検】

英検の二次面接だった。私は二級だ。

面接室のドアを叩いて入室する頃は、良いように思われた。質問の内容はかなり聴き取れた。最初のリーディングも特に変わったことはなかった………はずだった。

ところが、私は説明不足だった。文の量(つまり情報量)の少ないことを感じている。態度についても、記憶があんまりないから曖昧だ。

二次転落は(よほどのことが無い限り)確実だ。
だって天野だもん! 無理に決まっている!!

耐寒登山! 金剛山を登る

はじめに、文章が短くてすいません。金剛山を登りました。上下とも急な坂のあるところは凄く疲れました(特に下山は何故か猛スピードでした)。山頂からの景色は微妙ですが、極寒…でもなく、登山は比較的しやすかったです。

地面が雪で染まり、慣れないアイゼンで山をかき分け、ろくに盗撮などしている場合ではないというコンディションを予測し、また密かに期待していましたが、前述のとおりポカポカ陽気で、アイゼンを使う場面は殆どありませんでした。氷で滑ったのも、上り前半のごく一時です(その時はみんな豪快にスベっていましたww)。

一度だけメチャクチャ寒かったところがあります。それは山頂で飯を食ったとき。なぜか頂上にいるときだけ、景色見ながら震えていました。しかし、その前後は全然でした。山頂近くにある温度計は、摂氏1度を指していました。

【明日予告】極寒の金剛山を登りやがれ!

生野高校内外で有名と言っても過言ではないイベント「耐寒登山」。なんと明日です。

耐寒登山……かつてのオリエンテーリングを思い起こします。小学校の林間学習で、貝塚にある青少年の家のところでオリエンテーリングをしました。←野イチゴとか美味しかったな。まさに自然を堪能したもんだ。また、のどか村へ行くために(恩智から)信貴山を毎年登らされる時期もありました。

しかし、中学校になって山登りはしていないように思います。中1の宿泊学習は鉢伏高原でしたが、雨天のために鉢伏山のオリエンテーリングができませんでした。その代わりとして焼き板を作るわけですが、その時のススが入った左目が痛くて、ろくにその目を開けられませんでした(宿泊から帰った翌日に地元の眼科へ…)。そのまた序でですが、野外炊飯も、『新型インフルエンザ 国内で感染者出た』という理由(たしか、国内でも関西が最初やったんちゃうか)で、各クラスの宿舎内、しかも宿舎の人がご飯を炊いてくれたので、カレーの具を担当する人だけが参加しました。僕は、何も仕事をしてませんでした。

そういうわけで、このようなエクササイズをするのは久方ぶりで、非常にやりがいのありそうです。ここで、明日のブリーフィングを。

今回の登山で出没するのは金剛山です。大阪府下でも標高は高めです。それを頂上まで目指すでしょう。ウチは9組なので、最終組になります。その中でも先頭から順に、担任先生→女子→男子→副担、となります。

ルートは、金剛山ロープウェイ前バス停(百ヶ辻)のところの登山道入り口から、伏見峠方面。今回の登山の前半から(念仏坂など)急な坂になりそうです。ピクニック広場という所謂休憩所、展望台、ダイヤモンドトレールなどを通り、今回の最高峰・国見城跡に着くことになっています。その後、上りとはまた別のルートで下山し、金剛登山口バス停がゴールとなるようです。

アイゼンが必要になります。しかし、アイゼンを着けて歩くというのは、履きなれない靴で歩くようなもので、なかなか山の上り下りがやりにくそうです。

また、用意する持ち物を確認したのですが、何故か少なく感じます。こんなんで足りるんか?と。でも、皆普段の私服+αで山に挑むようなもんじゃないかな。あまり心配したくないところ。

あと、自他ともに認める盗撮魔は、当然撮影するモノ(携帯とデジカメ)を持って行きます。歩きながら撮るというスタイルは、今回は崩すべきだろうか。また、遠足以降、周りの反応が怖かったりする。

しかし、すべては明日実際に踏み出さないと分からないことと思います。ぜひとも苦しんで楽しむ!

書道の補習に自主的に踏み切った!

【はじめに】記事の序盤を書いているとき、近鉄が酷い目あいまして、某ターミナル駅の信号が故障し、全ての列車の運転見合わせとなっていました。しかし、これが帰りの電車で良かった。これが朝ラッシュとかなると、乗客のメンタルのほか学校などの時程にも影響なりますからね。


書道の補習に関するプリントが掲示された。対象者の項に「天野」の字は無かった。しかし、どうも足りない、もうちょい綺麗なのが描けるはずだ。その欲を持って放課後 書道の部屋に踏み込んだ。

やはり、苦闘であった。いいところまで来ても、どこか違う。部分部分で見れば良さげだ。しかし、全体としては………

束縛」の二文字、いつになく真剣に向き合った。三十回くらいは書いただろう。

書き上げたときは、前回の書道の授業のときに比べて雰囲氣がかなり変わっていた。{しかし、ウチのオカン(書道の免許もってる)やや厳しすぎる……俺に書のセンスが無いと言う(母も自分でセンスないと言ってる)。いや、自分は書が上手いと自称してるわけではないっ}

僕がそれを完成した直後だったか、(他の補講者も)書道の先生からある物を頂いた。海老塩の煎餅だ。硯を洗っていない普通の状態の手で口に含む。うまい、と口走っていた。それほど疲れていたのだろう。書いている間は感じなかった。まさに、疲れを知らなかった。

ところで、僕の選んだ二字熟語がなぜ「束縛」なのか? そもそもの意味は省くが、自分で自分に厳しく規制をかける。僕ったらはっちゃけ過ぎだ。頭がおかしい。ある友の言ったように、今の千倍は落ち着けるべきだ。という意味合いである。

【講演】まきずし大作戦~LOVE KOREA, HUG JAPAN

今日、親に生協で頼んでもらった本が届きました。

贈りもの ~漫画家4人からぼくらへ
有名漫画家へのインタビューですが、僕の真の狙いはそれではなく(たしかに、永井豪などは知ってますけど)、インタビューをする方…つまり筆者なのです……………

だいぶ前の事です。1/24のロングホームルーム。人権学習の中でも、「在日問題」の学習(夏のリバティおおさかもそうでした)として、金益見さんが我ら生野高校に講演に来られました。益見さんは、人文学者…なのですが、在日コリアン(…の3世)なんです。なお、四年ほど前にも生野で講演を開かれています。

人権講演会といえ、そんなに堅苦しくなく、楽しかったです。話の内容は、色んな在日コリアンにインタビューをしたものを語るのが主で、当の「まきずし大作戦」を確立するまでの苦労がよく分かりました。分かりやすく、興味を惹く内容でした。

取り上げられた在日コリアンさんは、キムチャンヘンというジャグラー(今も有名な。誰でもピカソなどにも出たという)であったり、朴一(研究職)などなんですが、インタビューのことは、マンガを使ってスライドショーされ、その漫画は現在も金益見さんのブログの方で見れます(なお、生野の講演についての記事も投稿されています)。是非多くに見てもらいたく思います。

ここからは、在日問題の学習からは大それた事項を述べて、あっさりと締めます。他人の台詞の引用については、私も共感するところがあります。まず、講演会を見ている時に隣の席だった男が、益見さんの第一声を聴いて「声優でもやってそう(な声だ)」とボヤかれました。

この発表の最後(正確には、最後の最後はキムチャンヘンくんの話の続きであった)に、歌を披露されました。歌って言っても、当然そこらのJ-POPではない。詞曲をも益見さんが手掛けたのです。歌詞は、前述のブログに載ってますのでそちらを参照(なお、金益見と検索して一頁目に出てきます。ページ名は「やっぱりが好き」とだけです)。一方その歌唱力について、クラスメイトが「ストロングハート」と謳っていました。

質疑応答の時間…基本的に講演会で質疑応答のときに挙手する人は殆どいません。大勢の生徒の中、挙手に踏み切った人を益見さんは絶賛し、その人の放った質問が「好きな焼肉の部類?」だったのです。(たぶんこのときにホルモンと答えはったのでしょうか)さらに、別の人が挙手して、ホルモンの語源(放る物)をエクスプラネーションしました。

*追記:この本は生野の図書室でも扱ってるはずなんですが、講演に影響を受けた生野生はそこそこ居るだろう。たぶん借りられてるので、別の手段にしました。

補習の定義とは

(丁寧語の文章ではありません。ご注意)

今日、芸術が最後の授業だった。文理学科は、2年次に芸術はないため、大学にもよるが、二度と芸術の授業をしないことも考えられる。僕は、書道選択だった。(余談で、英語のオーラルも高校最後だった。)

しかし、先生の助言に則った理想の作品がなかなかできない。このまま終わってしまうのだろうか? そこでふと思ったのである。

実績の良くない……書道の場合だと、筆の弾力/墨の濃さなど書き味よろしくない人は、呼び出されて補習を受けるらしい。しかし、呼ばれそうなヤツを見ていると、態度がそのまま実績に出ていそうである。

逆に、過去補習に呼ばれたことのない自分も、今回の出来は感覚的に良くないと感じており、呼ばれると思っている…いや、むしろ呼ばれたいものと思う。

補習は、実績のよくない人が参加させられるのが一般だが、その内には、やりたくない・やる気を示さない人もいるもんである。そのような人は、補習に呼ばれても恐らく実績はあまり向上しないと思う。無理やり習わせるのでは殆ど効果がなかろう。

数学や英語などの座学だと、実績は悪いけれども何とかしたい…という人が盛んに補習に参加するべき(…しかし、僕自身 能動的に補習に行こうと思ったことがない)。逆に、書道なんかの場合は、元々実績のイイ人らの方が積極的に行くべきなのではないか? 実技はホンマに、出来る出来ないの差は仕方のないこと(僕も体育は大NG)で、それが得意/好きな人の実績を益々伸ばしていくべきだ。

僕も、得意であるかはわからないが、書道は好きな部類であり、楽しいと感じた方だ。

……と、偉く言っているが、今日は書道の用意を一式忘れてきてしまった…。土曜日の模試があったために私物撤去をしていたことをスッカリ忘れていた。

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