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天野将吾ブログ…天野通信〜ジラフの章

(風をよむ)江戸落語の上方上陸

日本の落語は2種類に大別される。「江戸落語」「上方落語」である。生まれたときから大阪にいるからか、私はごく一部のネタを除いて、上方の方が好きで、親しみを感じる。
というか、上方にしか親しめない環境におかれていたのかもしれない。私が現役のとき、大阪大学落語研究部は「大阪」なこともあり全員が上方で演っていて、江戸落語は、プロのビデオこそ部室にあっても、自分で演るものとしては敬遠されていた。
それが今、阪大落研におけるその辺の事情が変わってきているようである。

阪大で、江戸落語をする人が増えている。

私は昨日まで、その流れが強く不快だった。しかしよくよく考えてみたら、これは起こるべくして起こったことだったのだ。そう考える理由は大きく2つある。

1つめは、反対に江戸の方の大学の事情である。僕が1回のときの冬、ちょうど策伝の前日であった。その時ある他大の同期を紹介されたが、その人は、「江戸」にいるのに上方落語をやる人がいたのである。こういう事が起きているので、逆に「上方」にいるのに江戸をやる人がいるというのは、当然認められるものである。
関西に目をやっても、関学、神大、京女、立命…と見てみても、上方もいれば江戸もいる感じだったし、阪大とともに上方オンリーを謳っていたとされる関大もやがて(遅くても私が3回のときには)江戸の子が出てきた。こうした中で阪大が江戸を頑なに疎外するようでは時代遅れなわけである。

記憶では確か我々が3回のときの秋ネタ。1つ下の後輩が江戸落語を導入したのがたぶん発端。ただ、この後輩は自身が関東出身のいわば江戸っ子だったこともあり、江戸の方がなじみやすいのは納得できることだった。
ところが我々が引退してから、ますます奇妙なことになった。
意外にも阪大では、関西出身の人たちが江戸に転向するケースが多いのだ。昨日までの私はココに一番不自然さを覚えていたが、そこで2つめの理由が浮上した。

阪大落研は、私が知る限りでも、北は北海道、南は沖縄まで、色々なところから来た人たちで構成されている。彼らの会話を聞いてても、はじめのうちは共通語である(方言とか訛りも意外と聞かない)。そんな共通語しか喋れなかった人たちが、落語のために「関西弁」「上方弁」を練習して、出来るようになる。要は今までとは「全く違う言語」を習得することとなる。
ならばその逆もあっていいはずなのだ。関西弁が染みついて離れない人たちが「江戸弁」という全く違う言語を頑張って練習することが。
まして、他の地方からはるばる阪大に来た人たちには、関西に魅力を感じて来た人もいるだろう。関西の人たちでも他の地方に異国情緒(同じ日本とはいえ)を感じる人が少なからずいると思う。そうした方々の趣向を、部活が規制してはいけないのだ。

というわけで、江戸落語の阪大への波及について私なりに論じてきた。この流れはごく自然なものとして同意するけど、やはり私は上方のほうが好きだし、後輩に勧めるならそっちの方である。とくに関西の人が江戸やるのは難しい、というのも言葉を改めるという手間が加わるし、間の取り方も変わってくるしで、そーゆう基礎的なところに手間がかかりすぎちゃうかもしれない。自分も1回の冬「牛ほめ」を江戸でつけようとしたけど(当時敬遠されてたのを抜きにしても)基礎の段階でムリだった。
あとは、お客様にこの流れを受け入れてもらえるか。伝統的な阪大流の上方落語を渇望するお客様もいそうなので、上方の地で江戸で成功できる人は今はまだ限られてくるような気がする。
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台風21号 天野的まとめ

4日、非常に強い(25年ぶりの強さと聞いた気がする)台風がやって来ました。今年は台風とかその他自然災害が多すぎますが、その中でも今回の被害は大きなものでした。
現在までに見聞きした被害状況を羅列しておきます。


【天野家】
風の音はかなり強く、ほんの一瞬だけ部屋が暗くなることが結構ありましたが、比較的無事で、ライフラインはとくに問題ありませんでした。

【近所】
バイト先の塾は前日の段階から休校を決めました。母校の中学校の体育館の屋根が飛ばされたということを聞きました。避難所が避難所でなくなったようです。

【阪大】
吹田・豊中とも、木々が倒れて歩道を塞いでいました。豊中では3Gの電波が全く来なくなりました(4Gは生きていた)


【友達】
部活に立ち寄って聞いた所によると、天神地区とかは復活したみたいやけど、特に豊中ら辺 石橋、蛍池etc で、停電とかが続いているお宅が少なからずあるそうです(きょう17時時点)。それで、ライフラインが生きている別の部員の家で夜を明かしたり、保呂酔に駆け込んだり、なぜかは分かりませんが、かんなみ新地に駆け込む人たちもいたみたいです。

【関空】
さっきのは豊中あたりで下宿している部員たちの話でした。一方で別の後輩は、台風接近時、まさに台湾へ飛び立とうとしていました。台風を被り飛行機が出ず、関空で一泊を余儀なくされました。非常食を飽きるほど食べ、多数の報道陣を目の当たりにしました。しかし、そこで出会い苦難を共にした人たちに、大いに救われた様子でした。先ほど船で関空を出て、ひとまず家路を急いでいる模様です。

以上。みなさんの安否がある程度確認できて良かったです。ただこうして見ると、比較的問題なく暮らせている私がバカバカしいよね。

中間報告会

今日は足下がずぶ濡れでした。北千里から大学へ向かう間、大雨がいっこうに落ち着かなかった。一方、地元では被害はそんなに大きくなく、割と安全。こないだの地震もそうでした。なんやかんやで通学とか不便だって言ってたけど、柏原に住んでいて良かったと感じました。一方なぜ「北部」ばっかりがひどい目に遭うのか不思議です。

そんな中きょうは研究室の中間報告会でした。これまでの取り組みをパワポにして10分くらいで発表するんですが、オーディエンスは研究室の学生と先生、技術員の方で、要は身内。落研にあてはめると「新人寄席」(我々B4にとっては)もしくは「全体リハ」に相当するでしょう。

自分の発表については、評価の声も聞かれましたが、
結局私がこれまでやったことって、既存のモノで遊んでただけなんですよ(笑)
PGVの脳波センサーとか、Raspberry Piとか。

もちろん担当の先生との打ち合わせを重ねてきました。そもそも研究のこと何も知らないこともあって、まずは既存のシステムを理解するっていうのがこれまでの目標にされていました。
本格的な「研究」は院試が終わってからになりそうです。

やとしても、もう一人の同期の様子やスライドを見て、劣等感を感じてしてしまうんだよな…。

とにかくこの次の標的は院試。TOEICのスコア(6月にもっかい受けたけど)足りてる保証は100%はないので、院試よっぽど死ぬ気で頑張らないと受からないかもしれない…。

研究室の方と京都へ!留学生に京都を案内しようの巻


今月初め、私ども関谷研に、交換留学生がやって来ました。約2か月大阪に滞在し、我々と研究を共にすることになります。せっかく大阪に来ていただいたのなら、というわけで観光させてあげようと、今日の旅が立ち上がったわけです。

とはいえ、きょう出没したのは京都です。大阪じゃないのは、彼女がアレルギーで「こなもん」全般ムリなためで、これでは大阪に行く意味はしょうみ殆ど無い。一方京都は観光地(建物)がたくさんあり、食べ物以外の面でも十二分満足させてあげれると考えたのです。
つうことで、私ともう1人の同期、M1の先輩、留学生のトータル5人で京都観光です。
冒険の舞台は、四条河原町を主としています。そして大体は先輩がオススメのスポットを調べてくださりました。

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研究室に入って つづき

新歓といえば、お花見やバーベキューなんかを思い浮かべます。事実、落研の新歓ではバーベキューも行われます(今年はムリだったみたいですが)。

ところが、そこは関谷研究室。ウェルカムパーティーの舞台は、なんと箕面の山の上!(みのお山荘 風の杜) 大阪を一望できるところで、食事もビュッフェでした。
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ひたすら梅酒ばかり飲みながら、いろいろな方たちのところへ回りご挨拶。研究室の中では同期の人としか食事したことがなかった私ですが、同じグループ、ほかのグループの先輩や先生ともお近づきになれたと思います。むろん、ふだん居室で自分の席に近い人たちとの親睦もいっそう深くなったでしょう。

あと特筆しときたいのは、研究室の先輩や先生が、B国紳士を存じ上げていたこと。(※落研の2コ上の先輩です)

その規模の大きさゆえに謎も多い関谷研。このパーティーを皮切りに、それらの謎がどんどん解けていくことになる。

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